第24番 天龍寺
端岸山 天龍寺
厄払い祈願寺としても名高く、年始めには、本厄の四十二歳の男性で賑わいます
阿弥陀如来仏
天龍寺のご本尊、阿弥陀如来仏は、古く舟形の後背には五智如来を現す、まれなお像で、鎌倉時代の代表的な仏師、快慶の作と伝えられています。
天龍寺の歴史
草創時は天台宗か真言宗であって、延寿山端岩寺と称したのですが、寛政九年(1797)に堂宇を再興して、 天龍寺と改められたのです。
付近には鎮守の神や稲荷大明神をはじめ近くの山林には愛宕権現、山王権現、更に若宮権現、若宮社が祀られており、 これらは皆、天龍寺の寺領でありましたが、明治維新の廃仏毀釈のとき、付近の山林など改減されました。
天龍寺はまた、弘法大師巡錫の地として、次の岩屋寺とともに知られていて、近くを流れる山海川の源流に近い、 岩間に湧き出る水を"弘法さんの水"として近郷の人は崇めてきました。
厄除けのお寺
「厄除けの祈願寺」としても名高く、1月、二月節分には男の本厄といわれる四十二才になった男性の参拝者で賑わいます。
厄才は、男は25才、42才、60才の三回、女性も19才、33才、37才の三回あり、その中でも男性42才、女性33才は大厄とされています。
社会的にまた家庭内においても、男性42才、女性33才は大変大きな役割を担う年代という意味で、また、肉体的にも、成人病、更年期など大きく変化する年頃であることから、この大厄は、それぞれの地方、地域で厄除けの神事祭事が行われます。
そして、厄払いといえば神社でおはらいするのが常識なのですが、れっきとした寺院でありながら、こう慕われるのも、弘法さまのゆかりなのです。天龍寺は知多四国第四十二番の札所といえば、もうおわかりでしょう。四十二番と42才とがかけあって、「厄払大師」の信仰に結びついたのでしょう。
アクセス
470-3322
知多郡南知多町山海小山100