第19番 正衆寺

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池水山 正衆寺

 

伊勢の朝熊山から飛来したという三尊仏の話を聞き、 領主千賀家が菩提寺として再興した

正衆寺の歴史

 往時、別の地に長面寺という寺があり、源氏の御家人、須細為基の保護を受け、 建久二年(1191)には源頼朝から寺領を寄進され、隆盛をきわめていました。

 そんな折、伊勢の朝熊山の池の中から、虚空蔵、不動尊、毘沙門天の三尊が飛んできたといううわさが流れ、 これを聞いた領主、尾張藩船奉行の千賀重親はそれを奇瑞として、 自家の菩提寺と定めて池水山正衆寺と改名したといわれています。

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千賀家の菩提寺として

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 正衆寺が以後、千賀家の庇護のもとに、寺運が栄えたことは、家康公より拝受した感謝状をはじめ、 裏山にある千賀家歴代の墓からも伺えます。

 手前の石段を登り、小さな草門をたどると、 裏山を背後にして蒼々たる樹木の中に生前と墓石が並んでいます。 時間があれば是非、この千賀家歴代の墓所まで足をお運びなさるといいでしょう。

 毎年十月には、南知多町主催の顕彰会が、この千賀家の墓所で開かれ、地元のゆかりの人々が供養をしています。

景勝の地「豊浜港」

 県下の漁港として知られ、札所霊場が十七番より四ヶ寺ある豊浜港は、 「尾張名所図絵」にも須佐の入り江として紹介されているように、千石船の風待ち港として栄えたところで、 別名を苅藻ヶ浦とも阿ら井ともいわれ、往昔より風光明媚と形容される景勝の地でありました。

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​アクセス

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470-3412

知多郡南知多町豊浜会下坪3