番外 宗真寺

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華誉山 宗真寺

 

師崎港が眼下に一望できる小高い境内は、往昔、千賀家の別荘で 一幅の絵画を見るような景勝の地であります

宗真寺の歴史

 宗真寺は宝暦六年(1756)延焼し、山門を残すのみですべて焼失したのですが、第五世賢空祗哲上人によって再興されました。

 この不慮の火災によって寺院の由来は定かではないのですが、延元三年(1338)義良親王(のち後村上天皇)が篠島へ漂流され、 続けてこの地別荘へ移り給い、幾年ならずして吉野へ帰られて後、 文禄二年(1593)領主千賀志摩守はこの漂跡の隠滅することを嘆かれ、 寺内小山という所にあった徳有寺と唱えていた草庵をここへ移し、実父、華誉宗真居士の追善菩提のため、 一寺を創建、その法名をもって華誉山宗真寺と改号したといいます。

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本尊阿弥陀如来さま

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 本尊の阿弥陀如来は仏の智慧と慈悲を人々にそそぎ与える仏さまで、世相の混乱が人々の心を不安に陥れた、 平安末期の末法の世以来、来世を救ってくださる仏として人々からあがめられています。

 親指と人差し指、中指、薬指のどこかで輪を作る印相が特徴です。 また、境内の隅々に「南無阿弥陀佛」と六字の名号石があり、地域の人との生活に密着した念仏信仰を垣間見る思いがします。

眼下には師崎港が一望できます

 路地に立つ石塔から緩やかな参道の石段を登りつめると、樹木に囲まれた静寂な堂宇がたたずんでいます。 師崎港が眼下に一望できる小高い境内は、往昔、羽豆城主千賀家の別荘であった由緒があり、海上遠く島々が浮かび、 大漁旗をなびかせた漁船が白波をたて、一幅の絵画を見るような景勝地であります。

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​アクセス

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470-3503

知多郡南知多町師崎的場38