『お亀さん』 第16番札所 浄土寺

こんにちは、十六番のお亀さん浄土寺です。

この寺が、どうして「お亀さん」をお祀りするようになったかの由来です。今から百十年前の出来事です。ご一読いただければ幸いです。

明治四十二年九月十日、早朝 体調一八〇㎝ 幅一一〇㎝ 重さ約二百㎏のアカウミガメが当時の海岸に打ち上げられていました。

大亀の背には、「奉大海龍大神」の六文字と 伊賀上野町谷村佐助 外十一名の姓名が記されていました。

大亀は、元気がなく瀕死の状況でした。

知らせを聞いた和尚は、大変驚きました。それは、和尚の夢枕に昨晩まで三夜続けて白髪の老人が現れ、「私は、長く海中に棲息する大亀なるが、もはや近く天寿尽きなんとす。若し、私を請して祀らば、誓って諸願の成就せしめん」と和尚に告げていたのだそうです。

和尚は、村人を集めて海岸に行き大亀に向かい「今より汝を神とあがめて我が境内に奉安せん」と語り掛けました。

和尚の言葉を聴き終わると大亀は、さも嬉しげにうなずき、眠るように息を引き取りました。

和尚と村人は、ねんごろに埋葬し、大海龍亀大菩薩として厳かに供養しました。

ことの次第を伊賀上野町の谷村佐助氏に連絡したところ、佐助氏は、大変驚き、ただちに一族を打ち連れ当地に訪れて大法要を営まれました。

三重県伊賀上野の庄屋 谷村佐助氏は、長く病気で苦しみ医者にも見離され、死を待つ状態でした。佐助氏は、病気平癒を念じて伊賀神宮に願掛けをしたところ、ある晩、白髪の老人が夢枕に立ち、「我は、長く海に棲む大海龍大神なり、我を十七日間、一心に念じて供養すれば貴方の病は、たちどころに平癒すべし」と告げられました。

翌朝、佐助氏は、幾人かに霊亀を探させるのでした。

そのうちの一人の番頭さんが二見ヶ浦に着いた時、不思議にも、たった今漁師の網に大亀が入ったと、ひとかたならない騒ぎに遭遇しました。番頭さんも実に不思議に思いながら、主人の指示通り大金を投じて漁師から大亀を譲り受け、国鉄の貸車に載せ、伊賀上野の谷村家に連れ帰りました。

佐助氏の喜びは、たとえようのないものでした。佐助氏は、十七日間、夢のお告げのとおり一心に供養しました。

不治の病といわれていた佐助氏の病は次第に快復し平癒しました。

佐助氏は、感激と感謝の思いをこめて大亀の背に「奉大海龍大神」と大書し、一族の姓名と住所を記し、再び二見ヶ浦に放ちました。

これ実に明治四十二年九月二日のことでした。

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