不徳の致す所

この「不徳の致す所」よく耳にしませんか。

これはどういう意味があるのでしょうか。和尚さんなりに考えてみました。

洗い観音さまにお参りに来る人が、「和尚さんは笑顔がステキですね。奥様と喧嘩した事が無いでしょ」そんな事を言って下さる人がいます。しかし、とんでもございません。和尚さんも人間だから喧嘩もし、怒りもしますよ。

でもね、このごろ歳のせいでしょうか。口答えをしなくなりました。口にチャックをして我慢します。だって一言話せば、二倍、三倍もの反撃に合いますから・・・”沈黙は金”と言いますからね。何も口答えをしないのが一番です。その場が荒れなくて、早く丸く治るのが良いと思うのです。

しかし、よく考えて見ますと、そうなる理由があるのではないかと思うのです。日頃、和尚さんが生活の中で、ちゃんと隅隅まで気をくばって、心のある優しさを持って生活していれば、それなりに相手方も少しの事ぐらい大目に見て協力もし、至らない所があれば穴埋めもしてくれると思うのです。

ですから、日頃の生活態度が出来ていなかったのではないかと反省して、和尚さんの不徳の所がこの事態を招くのではないか・・・と思うようになり、心の中で徳の無さを反省する次第です。

会社の中、仕事の中、家庭の中でも日頃の自分の生活態度がそこに現れるのではと思うのです。皆様はどう思われますか。思うように物事が出来ないときは、「不徳の到らない」自分を反省する和尚さんです。

南知多三十三観音霊場会 会長 宝珠寺 永井成典 合掌

 

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