
法華寺は聖武天皇の御代、神亀五年(728)行基菩薩の開基という。その昔、七堂伽藍を有し、
精舎十七坊常住寺僧も三百人という一大古刹であった。
天文五年(1536)に織田信長の手兵によって火を生じ、本尊(行基作と伝える丈一尺八寸木刻坐像の聖観世音)と一院を
残すのみという悲運に遭い、その後、復旧再興の機運に恵まれたものの、慶長五年(1600)関が原の合戦のとき、
石田三成に味方する九鬼水軍の手により放火され、再び炎上したのです。
その時、掠奪された金剛力士の仁王尊が伊勢の朝熊山にあると言われていました。
隆盛を極めたそんな往時の面影を伝えるものは、今はただ、付近に金剛坊、遍照坊との地名が残るのみ。
|