南知多三十三観音霊場会・札所寺院
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第2番 弥勒寺

宗旨 曹洞宗
ご本尊
弥勒菩薩
ご祭祀
千手観世音菩薩
住所
知多郡美浜町北方西側16
 
堂宇焼失後、再建
白隠禅師のお話
法華経は、
コオロギの声
 
3番 全忠寺へ

龍華山 弥勒寺

石だたみの上で鳴く、一匹のコオロギの声に、白隠禅師はほとけの心にめぐりあう。


 堂宇焼失の後、再建

 県道を西に折れ、村社の鳥居が目に入るとその隣に弥勒寺が在る。

 慶長元年(1596年)友林光益和尚の開創である。宝暦三年(1753年)火災にあって堂宇の多くを焼失したが、 八代祖春和尚により再建され、なお、先代五世鍼厳和尚により明治四十年に本堂、昭和三年に弘法堂が再建された。

 境内の特徴ある刈込みの古木、何の木かおわかりですか。南知多では馴み深いウバメガシです。


 臨済の高僧、白隠禅師のお話

 さて、臨済禅を再興した高僧の白隠禅師(1768年没)に次のような話があります。

 白隠禅師は十六才のとき、はじめて法華経(観音経は法華経の一部)を読んで 「この経に功徳があるなら謡曲や講談本にも功徳があるはずだ」と軽侮と疑念を持ちます。

 白隠が四十二才の秋です。彼の傍らで一人の坊さんが法華経を誦んでいました。 そのとき石だたみの上で一匹のコオロギの鳴く声が聞こえてきたのです。 禅師の心中深くに閃くものが……その時、ほんとうに法華経が読めたのです。はじめてわかったのです。

 どのようにわかったかは、その後白隠禅師の言動に展開されますが、 その時点での心境は他から窺い知れない絶対的なものでありました。


 法華経は、コオロギの声

 コオロギが無心に鳴く声をほとけの教えと聞けるところの、そのほとけのこころが自分の心中の埋みこめられてあるのに気づき、 今までの疑いが解け、白隠は思わずうれし泣きに声をあげて泣きます。

法華経を投げ出してから実に二十七年目に、はじめて本当の意味で法華経にめぐりあえたのでした。 このときの心境を禅師はこううたいあげます。

  衣やうすき
 食やとぼしき きりぎりす
  聞きすてかねて
 もる涙かな


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