南知多三十三観音霊場会・札所寺院
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第19番 正衆寺

宗旨 曹洞宗
ご本尊
釈迦牟尼仏
ご祭祀
千手観世音菩薩
住所
知多郡南知多町
豊浜会下坪3
 
正衆寺の歴史
千賀家の菩提寺
景勝の地「豊浜港」
 
20番 円増寺へ

池水山 正衆寺

伊勢の朝熊山から飛来したという三尊仏の話を聞き、 領主千賀家が菩提寺として再興した


 正衆寺の歴史

 往時、別の地に長面寺という寺があり、源氏の御家人、須細為基の保護を受け、 建久二年(1191)には源頼朝から寺領を寄進され、隆盛をきわめていました。

 そんな折、伊勢の朝熊山の池の中から、虚空蔵、不動尊、毘沙門天の三尊が飛んできたといううわさが流れ、 これを聞いた領主、尾張藩船奉行の千賀重親はそれを奇瑞として、 自家の菩提寺と定めて池水山正衆寺と改名したといわれています。


 千賀家の菩提寺として

 正衆寺が以後、千賀家の庇護のもとに、寺運が栄えたことは、家康公より拝受した感謝状をはじめ、 裏山にある千賀家歴代の墓からも伺えます。

 手前の石段を登り、小さな草門をたどると、 裏山を背後にして蒼々たる樹木の中に生前と墓石が並んでいます。 時間があれば是非、この千賀家歴代の墓所まで足をお運びなさるといいでしょう。

 毎年十月には、南知多町主催の顕彰会が、この千賀家の墓所で開かれ、地元のゆかりの人々が供養をしています。


 景勝の地「豊浜港」

 県下の漁港として知られ、札所霊場が十七番より四ヶ寺ある豊浜港は、 「尾張名所図絵」にも須佐の入り江として紹介されているように、千石船の風待ち港として栄えたところで、 別名を苅藻ヶ浦とも阿ら井ともいわれ、往昔より風光明媚と形容される景勝の地でありました。


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